ひねくれてtonight 〜ひねくれサラリーマンによる映画レビューブログ〜

今夜もサラリーマンが詭弁を垂れる、皆さんはそれを読む。It’s win-win!!

今日は話題の映画「セトウツミ」の感想 レビューです




~概要~
関西の男子高校生2人が放課後に何となく会話するだけという異色さで話題の、此元和津也による人気漫画を実写映画化。タイトルは瀬戸と内海という主人公2人の名前を組み合わせたもので、彼らが交わす嘲笑的でユーモアを織り交ぜた掛け合いが展開していく。クールな内海役には『海を感じる時』などの池松壮亮、天然キャラの瀬戸役に『共喰い』などの菅田将暉。監督は『まほろ駅前多田便利軒』などの大森立嗣が務める。
(yahoo映画より引用)

~あらすじ~
性格は正反対だがどこかウマの合う高校2年生の内海想(池松壮亮)と瀬戸小吉(菅田将暉)は、放課後にいつも河原で話をしながら暇つぶしをしている。くだらない言葉遊びや、思いを寄せる女子へのメールの内容、時にはシリアスなことも語り合う。そんな二人を見守る同級生の樫村一期(中条あやみ)に瀬戸は憧れているが、樫村は内海に好意を抱いており……。
(yahoo映画より引用)


~おバカなセト、インテリのウツミ~
ちょっとおバカだけどポジティブで良いやつのセト(菅田将暉)
一見取っつきにくいけどエッジの効いたツッコミを持つウツミ(池松壮亮)

二人が河原で座り込んで会話するだけの映画ですが、
誰もが共感できる「くだらない話の面白さ」をこれでもかというくらい詰め込んでくれています。
自分も男子高校生の頃こんなノリで話してたな~と思うシーンが多々あります。


各話のナイスやり取りを紹介していきます。
映画を見た方は思い出してほくそ笑んでください。
~第1話 神妙な面持ち~
「普通のどこにでもいるおっさんや」
「何歳ぐらい?」
「30代から50代くらいかな」
「なんやその白骨死体ばりの年齢の幅は」


「相乗効果ってやつや」
「あ~シナジー効果ってやつな」
「…」
「腹減ったな~」
「さっきハンバーガー買おう言ったら要らん言うたやん」
「おれ白ご飯の方が好きやねん」
「お~ライスってやつやな」
「…うん、え?シナジー効果でイラっと来たん?」



~第2話 アメとムチ~
「いやお前犯行声名文か」
「男らしさとか考えてたら1週回ってそれが一番ええんかなと思って」
「1週半回ってちょうど怖いねん」

「小吉、はよ帰りや 今日カレーの初日やで」
「何日か続くの前提やん」


~第3話 イカクとギタイ~
「樫村さんとのデートの節があるねん」
「嘘つくなやそんで節を約束みたいに使うな」
「疑ってる節があるな」
「無理やり節がある選手権盛り上がってるようにせんでええで」


~第0話 内海想の出会い~
「部屋に大量のコバエが発生して寝られへんねん」
「殺虫剤使えば?」
「ウチ猫飼ってるから、そういうケミカル的な奴あかんねん」
「じゃあ食虫植物置いたら?」
「天才かお前」


~第4話 先祖と子孫~

「クモが居るってことはその餌になるゴキブリも居るってことやで」
「うそやん、もう最悪や 泣きっ面にハチか」
「3匹目の虫が出てきてややこしいねん」


「お前お化け怖無いん?」
「クモの方がよっぽど怖いわ」
「うーわ!出るわ今日。枕元にお化け出るわ」
「出えへんわ!」
「甲冑きてすんごい長いサーベル持ったお化け出るわ」
「なんでウチに異国のお化けが出んねん、ヨーロッパ風の!」

二人のテンポと良いタイミングで流れるBGMが笑いを誘うので、ぜひ映像でご覧ください。


~セトとウツミの友情~
セトとウツミの出会いや二人の友情が要所要所で描かれ、ちょっと眼頭が熱くなります。

河原でくだらない話をしているだけの二人ですが
毎日会話をしているということはそれだけお互いのことを理解しあえているということ

セトは樫村さんに片思いをしており、その樫村さんはウツミのことが好きという三角関係になってしまっていますが、樫村さんからウツミのことを相談されたセトは「あいつも悪気はないねん」と擁護します。

恋愛よりもウツミとの友情を大事にするセト
二人で何かを成し遂げた訳でもないし、特別付き合いが長いわけでもない
性格も違う二人ですが、通じるものがあるのですね
二人だけであそこまで会話が続けられるという関係もそうそうないでしょうし

そんな友達が出来たら確かに恋愛よりも大切にした方が良いのかもしれません。


セトウツミはU-NEXTで視聴できます。







菅田将暉さんの他作品はこちら







今日は 三谷幸喜 監督の最新作 「記憶にございません!」 の紹介です




~概要~
『ザ・マジックアワー』などの三谷幸喜がメガホンを取った政界コメディー。国民から全く支持されていない総理大臣が記憶喪失になったことから起こる騒動を描く。主人公の総理大臣を、三谷監督作『ステキな金縛り』などに出演してきた中井貴一。『海を駆ける』などのディーン・フジオカ、『マチネの終わりに』などの石田ゆり子、『体操しようよ』などの草刈正雄、『64-ロクヨン-』シリーズなどの佐藤浩市らが出演する。
(yahoo映画より引用)

~あらすじ~
病院のベッドで目覚めた男(中井貴一)は一切の記憶がなく、病院を抜け出して見たテレビで、自分が国民から石を投げられるほど嫌われている総理大臣の黒田啓介だと知る。国政の混乱を避けるため、記憶喪失になったことを国民や家族には知らせず、真実を知る3人の秘書官に支えられながら日々の公務をこなす中、アメリカの大統領が来日する。(yahoo映画より引用)
(yahoo映画より引用)


~中井貴一さんの「腰の低いおじさん」演技~

本作は、好感度のめちゃ低い、絵にかいたような高慢な政治家が記憶を失って自分がこれまでにしてきたことを見つめなおしていくお話

記憶喪失になったことによってこれまでとは打って変わって「腰の低いおじさん」となった黒田総理

目の前で転んだ女性記者をとっさに気遣ったり、秘書官やSPなどの部下たちをねぎらったりと普通の行為をしているだけですが、周囲からは

「今さら好感度を上げようとしている」

などと言われ、黒田総理は自身のこれまでの冷徹ぶりをあらゆる場面で体感していきます。

初めは井坂秘書官(ディーン・フジオカ)の案で記憶を失った状態で総理としての仕事を続けさせらそうになるも、

「記憶を無くした自分には務まらない」

と辞任を考え始めます。

しかし、性格の変わった黒田に対して好感を持ち始めていた番場秘書官(小池栄子)は
記憶を無くしたあなただからこそできることがある
と彼を引き留めます。

国民からだけでなく家族からも信頼されず、自身を無くしていた黒田は番場の言葉に奮い立てられ
しがらみを持たない自分だからこそできる政治
を志し、ゼロからの再スタートを決意

自身の過去の過ちを謝罪し、政界腐敗の黒幕である「鶴丸官房長官(草刈正雄)」を失脚させるべく奔走します。

注目は中井貴一さんの「演技スイッチ」でしょうか
中井貴一さんと言えば「素敵な金縛り」などでは切れ者検事を演じていましたし、冷静な口調で説得力のあるセリフを言う、シャープな役柄が多いように思いますが、

本作では基本的に
「記憶を無くした頼りないおじさん」
でありながら、発起した後は
重要なところで
・意志の強さ
・正義感
を発揮して周囲を動かしていく、「急に頼りになる場面」があり、
その辺りの切り替えの巧みさに心を動かされますよね

黒田はもともと総理大臣になるほどの人間ですから、周囲を引っ張っていく素養はあるのでしょう、記憶喪失により失われたかに見えたその能力がたま~に復活する様子にニヤリとしてしまいます


中井貴一さんの三谷作品での活躍が見たい方はこちらもご覧ください↓








~三谷幸喜監督、痛快喜劇からシフト?~
「記憶にございません!」は三谷喜劇の十八番である

痛快な会議室バトル」も

大仕掛けのクライマックス

もなく、記憶を無くして清き心を取り戻した総理が

・政治家として正しいことをするため
・家族ともう一度向き合うため


ひたむきに取り組んでいくお話になっています。

もちろん三谷節の不思議な笑いはふんだんに盛り込まれていて楽しくみられる映画なのですが、

通常モードの三谷喜劇を期待していた方には若干退屈に感じる時間があるかもしれません。

しかし、このスローペースな展開が新しいというか庶民的で、

「総理大臣」という一般人には想像しにくい人物像が、「痛快喜劇要素」を弱めることによって現実味を帯び親しみやすいキャラクターになっていますし

・正義感をもって自分の仕事を見つめなおすこと
・愛情をもって家族と向き合うこと


など、普通の人にもトライできそうなことがテーマになっているため、多くの方が共感できるヒューマンドラマ要素の強いハートウォーミングな作品になっていると感じます。

黒田啓介は本当に記憶を無くしたのか
彼の取り組みは報われるのか


ぜひ映画館でご覧ください


三谷作品はU-NEXTで視聴可能です。
今なら1か月無料で使えますよ~



痛快三谷喜劇「清須会議」レビューはこちら↓







今日は映画「JOKER」の紹介です。






~概要~
『ザ・マスター』『ビューティフル・デイ』などのホアキン・フェニックスが、DCコミックスの悪役ジョーカーを演じたドラマ。大道芸人だった男が、さまざまな要因から巨悪に変貌する。『ハングオーバー』シリーズなどのトッド・フィリップスがメガホンを取り、オスカー俳優ロバート・デ・ニーロらが共演。『ザ・ファイター』などのスコット・シルヴァーがフィリップス監督と共に脚本を担当した。
(yahoo映画より引用)


~あらすじ~
孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指す。ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの住人ソフィーにひそかに思いを寄せていた。そして、笑いのある人生は素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みる。
(yahoo映画より引用)



~悪のカリスマ JOKERの誕生エピソード~
JOKERと言えばアメコミ史上最も人気のある悪役とも言われバットマンシリーズ「ダークナイト」ではヒースレジャーがサイコパスなJOKERを完璧に演じ話題となりました。

そんなJOKERを主役に描く時点でハードルは爆上げ状態なわけですが、この映画、公開前から絶賛の嵐、公開後もtwitter上では高評価がとめどなく流れている、JOKERのハードルに負けない作品となっているのは既に間違いないでしょう

主人公アーサーは母親の介護をしながらコメディアンを目指して雇われピエロとしてまじめに働く心優しき人間でした。
そんな彼が悪のカリスマになるまでの過程を描いているこの映画、今までにないジャンルで表現しきれるかわかりませんが、レビューを書いていきます。


~社会の貧困、迫害、心の貧しさから狂気は生まれる~
アーサーは面白いことが無くても「突然笑いだしてしまう」障害を持っており、これが原因で人から気味悪がられながら生活をしています。それゆえか良い仕事にも就くことができず、イベントピエロとして働きながら母親の介護をする、貧困生活を送っていました。

そんな不遇な環境でありながらも、自身の夢であるコメディアンになるためにジョークのネタを書き溜めながら母親と仲良く慎ましく暮らしていたアーサーでしたが、ちょっとした歪みから少しずつ彼の生活が崩れていきます。

ゴッサムの街は治安の悪化に喘いでおりアーサーのような弱者は虐げられ、貧しい人同士でもいざこざが絶えない状態

アーサーもピエロの仕事中に不良に絡まれたり、理不尽な理由でバイトを解雇されたりと少しずつ悪いことが重なっていきます。

さらに母親がいつも送っている手紙の内容が気になりつい盗み見てしまったとき、自身の生い立ちについて知ったことで彼のアイデンティティに亀裂が入り、人格崩壊のきっかけとなってしまいます。

アーサーは社会に虐げられ、JOKERにさせられてしまったのか、
それとも、もともと内に秘めていたJOKERが目覚めたのか


ぜひ映画を見て、その真相に触れてください

ヒースレジャー演じるJOKERの登場作品「ダークナイト」はU-NEXTでご視聴ください↓




ここから
ネタバレ含みます↓
~アーサーは善人なのか、内に闇を秘めていたのか~

アーサーは地下鉄で酔っ払いに絡まれた時、いつもならば殴られても泣き寝入りするだけでしたが、その日は持っていた銃を思わず使ってしまいました。

勢いで打ってしまった、というにはあまりに狂気的で、逃げる相手を追いかけてまで3人とも撃ち殺しています。(しかも電車を降りる降りないの駆け引きまでしています)

当初は不遇なアーサーをJOKERに変えてしまったのは「社会」であるというように受け取っていましたが、こう考えるとアーサーは元々狂気殺人鬼の要素を内に秘めており

銃を手にしたことにより遂にそれが目覚めてしまった

と受け取る方が自然なようにも思えてきます。


これまで社会から虐げられ誰からもまともに認識されていなかったアーサーでしたが、
人を殺したことによって自身の行いが社会から注目され、
承認欲求が満たされたことで日々の生活を前向きに送れるようになっていきます。


気になっていた隣人とも仲良くなることが出来、コメディアンとしてステージにも立つことが出来ました。
また、母親の手紙を盗み見た際に自信の父親がウェイン氏(ゴッサムシティの有力者でバットマンの父親)であることを知り、自身の生い立ちへの希望も抱くことが出来ました。

殺人を機に生活が充実していくという展開に不気味さを感じながら鑑賞していると、
それらが彼の妄想によるものであることが後に明らかになります。


ガールフレンドと打ち解けていたのはアーサーの妄想であり、
ステージで笑いを取っていたのもかれの勘違い、あこがれのマレーの番組で自身の芸の「ウケなさ」を弄られ、アーサーは傷つきます。

さらにウェイン氏が父親だというのは母親の妄想で、
実際には自身が棄児である上に、幼少期に義父の虐待により精神を病んでしまったことが明らかになります。



充実したかに見えていたことが全て勘違いであることを認識した時、アーサーに残されたのは
人を殺した」という事実と
上流階級を殺したことで社会から認められた
ということだけでした。


遂に彼は自身を虐げた人たちを(母親も含め)順に殺害し、マレーの番組でカメラの前で人殺しをすることでゴッサムの街の悪のヒーローとなるのでした。

彼が本当は善人か、元から狂人なのか、どちらなのか分からない様子がとても不気味で、(映画の中の人々もそう感じているでしょう)

ホアキン・フェニックスの演技とドットフィリップス監督の演出にただただ恐ろしい気持ちにさせられました。

これほど鳥肌の立った映画は今までなかったですね

バットマンシリーズの「JOKER」というよりは
一人の人間の映画として描かれた感じで、これまでのJOKERをある意味では完全に超えており、
「新たなJOKER像」
を作り上げたといってよいでしょうね










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