ひねくれてtonight 〜ひねくれサラリーマンによる映画レビューブログ〜

今夜もサラリーマンが詭弁を垂れる、皆さんはそれを読む。It’s win-win!!

今日は 三谷幸喜 監督の最新作 「記憶にございません!」 の紹介です

 

~概要~

『ザ・マジックアワー』などの三谷幸喜がメガホンを取った政界コメディー。国民から全く支持されていない総理大臣が記憶喪失になったことから起こる騒動を描く。主人公の総理大臣を、三谷監督作『ステキな金縛り』などに出演してきた中井貴一。『海を駆ける』などのディーン・フジオカ、『マチネの終わりに』などの石田ゆり子、『体操しようよ』などの草刈正雄、『64-ロクヨン-』シリーズなどの佐藤浩市らが出演する。(yahoo映画より引用)

~あらすじ~

病院のベッドで目覚めた男(中井貴一)は一切の記憶がなく、病院を抜け出して見たテレビで、自分が国民から石を投げられるほど嫌われている総理大臣の黒田啓介だと知る。国政の混乱を避けるため、記憶喪失になったことを国民や家族には知らせず、真実を知る3人の秘書官に支えられながら日々の公務をこなす中、アメリカの大統領が来日する。 (yahoo映画より引用)。

~中井貴一さんの「腰の低いおじさん」演技~

本作は、好感度のめちゃ低い、絵にかいたような高慢な政治家が記憶を失って自分がこれまでにしてきたことを見つめなおしていくお話

記憶喪失になったことによってこれまでとは打って変わって「腰の低いおじさん」となった黒田総理 目の前で転んだ女性記者をとっさに気遣ったり、秘書官やSPなどの部下たちをねぎらったりと普通の行為をしているだけですが、周囲からは 「今さら好感度を上げようとしている」 などと言われ、黒田総理は自身のこれまでの冷徹ぶりをあらゆる場面で体感していきます。


初めは井坂秘書官(ディーン・フジオカ)の案で記憶を失った状態で総理としての仕事を続けさせらそうになるも、 「記憶を無くした自分には務まらない」 と辞任を考え始めます。

しかし、性格の変わった黒田に対して好感を持ち始めていた番場秘書官(小池栄子)は 「記憶を無くしたあなただからこそできることがある」 と彼を引き留めます。

国民からだけでなく家族からも信頼されず、自身を無くしていた黒田は番場の言葉に奮い立てられ 「しがらみを持たない自分だからこそできる政治」 を志し、ゼロからの再スタートを決意 自身の過去の過ちを謝罪し、政界腐敗の黒幕である「鶴丸官房長官(草刈正雄)」を失脚させるべく奔走します。


注目は中井貴一さんの「演技スイッチ」でしょうか 中井貴一さんと言えば「素敵な金縛り」などでは切れ者検事を演じていましたし、冷静な口調で説得力のあるセリフを言う、シャープな役柄が多いように思いますが、

本作では基本的に 「記憶を無くした頼りないおじさん」 でありながら、発起した後は 重要なところで ・意志の強さ ・正義感 を発揮して周囲を動かしていく、「急に頼りになる場面」があり、 その辺りの切り替えの巧みさに心を動かされますよね


黒田はもともと総理大臣になるほどの人間ですから、周囲を引っ張っていく素養はあるのでしょう、

記憶喪失により失われたかに見えたその能力がたま~に復活する様子にニヤリとしてしまいます 中井貴一さんの三谷作品での活躍が見たい方はこちらもご覧ください↓

~三谷幸喜監督、痛快喜劇からシフト?~

「記憶にございません!」は三谷喜劇の十八番である 「痛快な会議室バトル」も 「大仕掛けのクライマックス」 もなく、記憶を無くして清き心を取り戻した総理が ・政治家として正しいことをするため
、家族ともう一度向き合うため ひたむきに取り組んでいくお話になっています。

もちろん三谷節の不思議な笑いはふんだんに盛り込まれていて楽しくみられる映画なのですが、 通常モードの三谷喜劇を期待していた方には若干退屈に感じる時間があるかもしれません。

しかし、このスローペースな展開が新しいというか庶民的で、 「総理大臣」という一般人には想像しにくい人物像が、「痛快喜劇要素」を弱めることによって現実味を帯び親しみやすいキャラクターになっていますし、正義感をもって自分の仕事を見つめなおすこと 、愛情をもって家族と向き合うこと など、

普通の人にもトライできそうなことがテーマになっているため、多くの方が共感できるヒューマンドラマ要素の強いハートウォーミングな作品になっていると感じます。

黒田啓介は本当に記憶を無くしたのか 彼の取り組みは報われるのか ぜひ映画館でご覧ください 三谷作品はU-NEXTで視聴可能です。 今なら1か月無料で使えますよ~




映画 バクマン 感想 レビューです




~概要~
「DEATH NOTE」の原作コンビ、大場つぐみと小畑健によるテレビアニメ化もされた大ヒット漫画を、『モテキ』などの大根仁監督が実写映画化した青春ドラマ。性格の違う高校生2人がタッグを組み漫画家への道を歩んでいくさまを、大根監督ならではの巧みな映像表現を駆使して描く。週刊少年ジャンプでの連載を目指して日々奮闘する漫画家コンビには、佐藤健と神木隆之介。実在の漫画作品や出版社が実名で登場するほか、劇中使用される漫画の原稿を小畑自身が描いている。
(yahoo映画より引用)


~あらすじ~
優れた画力を持ちながら将来の展望もなく毎日を過ごしていた高校生の真城最高(佐藤健)は、漫画原作家を志す高木秋人(神木隆之介)から一緒に漫画家になろうと誘われる。当初は拒否していたものの声優志望のクラスメート亜豆美保への恋心をきっかけに、最高はプロの漫画家になることを決意。コンビを組んだ最高と秋人は週刊少年ジャンプ連載を目標に日々奮闘するが……。
(yahoo映画より引用)


~友情、努力、勝利 を漫画家目線で~
少年ジャンプのキャッチコピー
「友情 努力 勝利」

ジャンプの漫画と言えばバトル漫画、冒険漫画などが多く、「ONE PIECE」や「NARUTO」などは正にその王道、キャッチコピーをしっかりと再現した人気作品ですが、

バクマン」はそんな王道漫画を作り出す「漫画家たち」にスポットを当て、
彼らの仕事自体が 「友情 努力 勝利」 によって日々成し遂げられている様子を描いています。


原作は「DEATH NOTE」の作者が描かれていますので、
やはり
・セリフ多め
・画力高し
・頭脳戦(分析戦)
な雰囲気が強い作品になっていました。

個人的に原作も好きでしたが、映画verは
青春ドラマ感
を強めて描いています。

設定はそのままに良い具合にムードだけを青春に変えてくれており、
より見ている人が「漫画家に憧れる」ような作りになっていると感じます。


~きっかけは初恋、青春ドラマに恋愛要素は欠かせません~
主人公真城(佐藤健)の亡き叔父は生前漫画家をしていましたが、過酷な漫画家生活の末、命を落としていました。
真城はそんな叔父の姿を見ていたため、幼少の頃こそ叔父に憧れて漫画家を志していたものの、高校生になった今漫画家に対する熱意は全くなくなっていました。

そんな真城がもう一度漫画家を目指そうと思ったきっかけは
クラスメイトである小豆美保と勢いで
「お互いの夢が叶ったら結婚する」という約束をしたことでした。

小豆の夢は声優、真城の夢は漫画家
真城の作品がアニメ化し、小豆がその作品のヒロインを演じることをお互いの共通の目標としたのでした。

このシーンは「そんな女の子いないし、そんな話ないっしょ」となってしまうような展開でむずがゆくなりますが、
現代の高校生男子一度諦めた夢を追いかける理由としては実はとても分かりやすく共感できるものかもしれません。

大根仁監督は「モテキ」などでもその雰囲気がありましたが、
展開に対するツッコミどころは目をつむって

「実際にはあり得ないけど若者が嬉しくなってしまうようなストーリー展開」
をしているような気がします。

特に少年漫画を題材にしているお話なので「青春恋愛要素」でもって展開にムネアツを加えるのは映画を楽しくしてくれて良いですよね



~漫画家の過酷さ、漫画を読む目が変わりそう~
本作は漫画家の仕事の過酷さや苦悩を描き、
・人気漫画を生み出すことの難しさ
・マンガの人気を維持することの大変さ
・週刊連載のハードさ

など、普段楽しくマンガを読ませてもらっているだけでは到底創造が付かなかった漫画家の裏側が語られています。

最初は人間ドラマ系のマンガだったのにいつの間にかバトルマンガに変わってしまうマンガって特にジャンプでは多い気がしますが
(幽遊白書、ブリーチ、家庭教師ヒットマンリボーン、テニスの王子様など)

こういった展開の裏側にはジャンプのアンケート調査による「読者人気に寄せる」方針が関わっていたのかと、
今までなんとなく「最近バトルになっているな~、描くこと無くなっちゃったのかな」
とか思ってましたが、いろいろな事情があるんですね

こう見ると、当初から作風を変えずに描き切れた作品ってホントにすごいなと思いますよね



映画「バクマン」は
・マンガ家の苦悩
・青春ドラマ
を組み合わせたスッキリみられる映画です。
ぜひご覧ください


「バクマン」はU-NEXTで視聴可能です。






大根仁監督の他作品はこちら




今日は映画「JOKER」の紹介です。






概要

『ザ・マスター』『ビューティフル・デイ』などのホアキン・フェニックスが、DCコミックスの悪役ジョーカーを演じたドラマ。大道芸人だった男が、さまざまな要因から巨悪に変貌する。『ハングオーバー』シリーズなどのトッド・フィリップスがメガホンを取り、オスカー俳優ロバート・デ・ニーロらが共演。『ザ・ファイター』などのスコット・シルヴァーがフィリップス監督と共に脚本を担当した。
(yahoo映画より引用)

あらすじ

孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指す。ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの住人ソフィーにひそかに思いを寄せていた。そして、笑いのある人生は素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みる。
(yahoo映画より引用)

悪のカリスマ JOKERの誕生エピソード

JOKERと言えばアメコミ史上最も人気のある悪役とも言われバットマンシリーズ「ダークナイト」ではヒースレジャーがサイコパスなJOKERを完璧に演じ話題となりました。 そんなJOKERを主役に描く時点でハードルは爆上げ状態なわけですが、この映画、公開前から絶賛の嵐、公開後もtwitter上では高評価がとめどなく流れている、JOKERのハードルに負けない作品となっているのは既に間違いないでしょう 主人公アーサーは母親の介護をしながらコメディアンを目指して雇われピエロとしてまじめに働く心優しき人間でした。 そんな彼が悪のカリスマになるまでの過程を描いているこの映画、今までにないジャンルで表現しきれるかわかりませんが、レビューを書いていきます。

社会の貧困、迫害、心の貧しさから狂気は生まれる

アーサーは面白いことが無くても「突然笑いだしてしまう」障害を持っており、これが原因で人から気味悪がられながら生活をしています。それゆえか良い仕事にも就くことができず、イベントピエロとして働きながら母親の介護をする、貧困生活を送っていました。

そんな不遇な環境でありながらも、自身の夢であるコメディアンになるためにジョークのネタを書き溜めながら母親と仲良く慎ましく暮らしていたアーサーでしたが、ちょっとした歪みから少しずつ彼の生活が崩れていきます。

ゴッサムの街は治安の悪化に喘いでおりアーサーのような弱者は虐げられ、貧しい人同士でもいざこざが絶えない状態

アーサーもピエロの仕事中に不良に絡まれたり、理不尽な理由でバイトを解雇されたりと少しずつ悪いことが重なっていきます。

さらに母親がいつも送っている手紙の内容が気になりつい盗み見てしまったとき、自身の生い立ちについて知ったことで彼のアイデンティティに亀裂が入り、人格崩壊のきっかけとなってしまいます。

アーサーは社会に虐げられ、JOKERにさせられてしまったのか、
それとも、もともと内に秘めていたJOKERが目覚めたのか


ぜひ映画を見て、その真相に触れてください

ヒースレジャー演じるJOKERの登場作品「ダークナイト」はU-NEXTでご視聴ください↓



アーサーは善人なのか、内に闇を秘めていたのか

アーサーは地下鉄で酔っ払いに絡まれた時、いつもならば殴られても泣き寝入りするだけでしたが、その日は持っていた銃を思わず使ってしまいました。

勢いで打ってしまった、というにはあまりに狂気的で、逃げる相手を追いかけてまで3人とも撃ち殺しています。(しかも電車を降りる降りないの駆け引きまでしています)

当初は不遇なアーサーをJOKERに変えてしまったのは「社会」であるというように受け取っていましたが、こう考えるとアーサーは元々狂気殺人鬼の要素を内に秘めており

銃を手にしたことにより遂にそれが目覚めてしまった

と受け取る方が自然なようにも思えてきます。


これまで社会から虐げられ誰からもまともに認識されていなかったアーサーでしたが、
人を殺したことによって自身の行いが社会から注目され、
承認欲求が満たされたことで日々の生活を前向きに送れるようになっていきます。


気になっていた隣人とも仲良くなることが出来、コメディアンとしてステージにも立つことが出来ました。
また、母親の手紙を盗み見た際に自信の父親がウェイン氏(ゴッサムシティの有力者でバットマンの父親)であることを知り、自身の生い立ちへの希望も抱くことが出来ました。

殺人を機に生活が充実していくという展開に不気味さを感じながら鑑賞していると、
それらが彼の妄想によるものであることが後に明らかになります。


ガールフレンドと打ち解けていたのはアーサーの妄想であり、
ステージで笑いを取っていたのもかれの勘違い、あこがれのマレーの番組で自身の芸の「ウケなさ」を弄られ、アーサーは傷つきます。

さらにウェイン氏が父親だというのは母親の妄想で、
実際には自身が棄児である上に、幼少期に義父の虐待により精神を病んでしまったことが明らかになります。



充実したかに見えていたことが全て勘違いであることを認識した時、アーサーに残されたのは
人を殺した」という事実と
上流階級を殺したことで社会から認められた
ということだけでした。


遂に彼は自身を虐げた人たちを(母親も含め)順に殺害し、マレーの番組でカメラの前で人殺しをすることでゴッサムの街の悪のヒーローとなるのでした。

彼が本当は善人か、元から狂人なのか、どちらなのか分からない様子がとても不気味で、(映画の中の人々もそう感じているでしょう)

ホアキン・フェニックスの演技とドットフィリップス監督の演出にただただ恐ろしい気持ちにさせられました。

これほど鳥肌の立った映画は今までなかったですね

バットマンシリーズの「JOKER」というよりは
一人の人間の映画として描かれた感じで、これまでのJOKERをある意味では完全に超えており、
「新たなJOKER像」
を作り上げたといってよいでしょうね















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